「官僚の夏」最終回の周辺
JSTVで昨晩に「官僚の夏」最終回をみたところです。勿論、日本国内での放映とはえらく時差がありますが。しかし、普天間問題が今年になって大きな問題となって浮上しているタイミングからすれば、まさにナイスなタイミングでのドラマかもしれません、特に最後のあたりは。
というのも、小笠原諸島の返還のために日本の「病み上がり」の繊維業を米国に売ってしまったということで、「通産省不要論」、で風越元通産次官や庭野繊維局長がデモ隊にぼこぼこにされる、といった辺りでドラマでは最終回です。小説では、庭野が倒れるあたりですが。
そして、小笠原の後に本命の沖縄。。。須藤総理は沖縄返還のために米国のとんでもない見返り要求を飲まざるをえなくなってくる。。そんな雰囲気で最終回は終わっていきます。
「日本人が誇りを持てる国してください。。。」というのが風越元次官が退職の際に須藤総理に述べた一言。
「牧、お前は一体どういう日本にしたいんだ?」というのが風越元次官が牧次官に述べた一言。
「庭野、お前は十分にやった」、「鮎川、お前は十分にやった」というセリフもありますが。
兎も角、「官僚の夏」の時代背景は1960年代ですが、まさに現在でも沖縄・対米関係という文脈では同じようなことが起こっているという風にもいえるのかもしれません、だからまさにナイスなタイミングというわけです。
「沖縄を返せ、ではなくて沖縄に返せ」という辺りの事情がでてくるところでもあるんでしょう。(140年前には琉球王国として自立、それを明治政府が琉球を日本の領土として強行に囲いこもうとしたという背景もありとか)
***
ちなみに、小説とドラマは当然違うのが普通ですが、このドラマの場合、大きな違いは、風越氏の服装ですね。。。ランニング一枚の役所での運動とか、自宅での寛ぎなどの部分はドラマでは佐藤浩市モードでオシャレになってますね。
いずれにせよ、木炭自動車の鮎川の生きざまがこのドラマにとって一つの山であることは間違いないでしょう。その役を高橋克実氏はうまく演じてますね。
~~~~
(7月22日に追加)
文藝春秋8月号に、城山三郎氏の次女の井上紀子さんが投稿してますが、こういうのがあります。
父のとっては、国からではなく、読者からの評価こそが真実であり、絶対であり、すべてだった。「国家というものが、最後のところで信じられなくてね」
その思いが拭われることのないままに父は逝ってしまった。
この思いの背景として、城山氏の戦争体験(17歳)があるとか。
で、
一方通行の流れの怖さ。「ムード」という言葉を嫌悪した父。波に呑まれることなく、また風に踊らされることなく、常に国の動向を見極めよ。国民の幸福なくして、国家の繁栄あらず。父の声がますます大きく聞こえてくる。国民が信ずべき国家の実現。高く青い空の向こうで父は静かに見守っているにちがいない。
こういう視点を踏まえると「官僚の夏」等の城山氏の作品は理解しやすいのかもしれませんが、他方、あくまで次女はそういう風にみているということですので、本当のところか彼しか知らずでしょう。「官僚の夏」でいえば、西丸・東京経済新聞記者が城山氏の分身ですかね。。。、そしてもう一つの彼の分身が風越氏ですかね。
ムーディ勝山氏は、城山三郎氏には嫌われそうですね。。。