

イメージをブレさせると、金星が月の左側にあることがよくわかりますよね。
さて、昨日だと月をサンドイッチする形で木星と金星のランデブーがあったんですが、今夜はすでに木星はかなり月からは離れた上方にありますね。。
なお、1月26日午前1時13分前後に「何か」が起こったと感じてます。
モリケンさんの「生まれ変わりの村①②③」を眺めてます。
少しばかり、ポイントとなるアイデアの部分をかいつまんでおくとこんな感じです。
・生まれ変わりのシステムには、因果応報(カルマ)がないと書きました。因果応報がないというのは、ある特定の価値観での「完成」を目指していないということです。つまり、時空はある特定の目標に向かっているわけではないと思うのです(生まれ変わりの村)
・時空には価値観がないようです。善悪もないようです。ということは360度の方向に開いているのです。それを狭い角度に閉じ込めようとしているのが今までの人間の生き方でははかったでしょうか?だからスープを飲ませる必要があったと思うのです(生まれ変わりの村)
・自分を確立することは、自分の定義を確立することでした。しかしそれは同時に自分の可能性をどん
どん狭める結果となるのです(生まれ変わりの村)
・そして、「私」という感覚と「記憶」だけはセットなのだと思いました。別の人の記憶が手に入っても、それほど大きな情報ではないと思うからです。記憶は「私」という感覚とセットになって初めて大きな意味を持ちます。それだけはお金では買えないものだと思うからです(生まれ変わりの村③)
・そういえば、生まれ変わりを経験した人で、宗教の信者になった人を知りません。宗教の信者だった人が無宗教になった事例ならありました(生まれ変わりの村)
・今までいわれてきたことと決定に違う部分もあります。来世でクリアすべき課題を決め、国を決め、両親を決めて降りていく。。そんな図式は生まれ変わりの村の証言には見られません。自分がただ、ついていくだけ。。(生まれ変わりの村)
・もっと輪廻したいといえるのは、究極の全肯定だと思います。この世のこともあの世のことも、いえ、それだけではなく時空の仕組みというものを全て肯定しているのだと思いました(生まれ変わりの村)
・時空は主義主張をしているわけではないと思います。何かを「完成」させようとしているわけでもなさそうなのです。しいていえば、一瞬一瞬が「完成」なのではないかと思えるのです(生まれ変わりの村)
・他の誰でもない「私」が、別の「私」になる必要など、どこにあるのでしょうか。生まれ変わりの村の証言によれば、今の性格は今世でしか経験できないものだからです。今持っている自分の性格は宇宙にたった一つしかない。それを楽しまず、なぜ自分を変えようとするのでしょうか(生まれ変わりの村)
・丸ごと認めるというのは、単一の価値観の世界に入っていかないからです。 ****
これらのアイデアは、ようはミクロ的というよりは、マクロ的な視点による俯瞰的な見方といえるんでしょう。ですので、マクロ的には無制約、ミクロ的には制約とならざるをえない部分はあります。どちらがいいという話でもないでしょうが。
いずれにせよ、生まれ変わりの村の証言による「あの世」は確かにこの世の延長でもあり、この世をシンプルに殺伐にした感じに見えますが。。、おそらく、身体感覚意識(スピリット)が一時的にいくであろうGAFFというエリアのことでしょう。
「私」という感覚=魂、肉体=性格とは別のものという風に述べられていますが、
この「私」というのは、あくまで身体感覚意識(スピリット: Dyad, Spirit)のものであって、魂意識(Triad Soul)ではなさそうですね。
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生まれ変わりの村ドットコムは以下。
http://umarekawari.com/contents/

ヨーグルト、黒豆きな粉、黒ごま、ハチミツ、青汁粉、が入っとるがね
一言で言えば、 自分の中心を維持して自主独立の存在として、2012はマインドを開いて驚くべきイベントをエンジョイする、というものかな。 be centered by non judgment and liveas sovereign being: open ur mind to observe Event suchas First Contact.
今日はこれからゲリー・ボーネル氏のイーブニング・レクチャ〜、既に会場にはそれなりの人が来ている。(^o^;) とりあえず、もらった小冊子を読む。7つの態度。


①新しく訪れるすべての瞬間に対して、自分自身に対してやさしく穏やかに接する、
②自分の人生すべての状況や条件の責任を完全にとること、
③どのような結果をもたらそうとも、すべてにおいて正直であること、
④常にあらゆる適切な方法で他者の助けになること、
⑤あなたが話すすべての言葉、行うすべての行為において揺るがず率直てあること、
⑥他者の能力や貢献を認めること、⑦寛容であり感謝すること。
とか
さて、最近の映画のコメントを備忘録的に。
1 ハリーポッターの最終作
最後の最後のシーンで、ハリーが息子の名前の意味を教えるところがありますが、それに尽きますね。
この最終作ではスネイプという存在の「本当の意味合い」が明らかになるところが、読者にとっても昇華するタイミングといえるでしょう。
2 ミッション・インポシブルの最新作
この作品のポイントは、最後の1秒まであきらめずに行動を起こす、そういうチーム(4名)がいれば、危急存亡を回避できるというところでしょう。
他方、この作品の最後でも、新しいミッションを受けるかどうか、というところで、イーサンの妻をめぐる「トリック」が解消されてきますが。。。
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この上記の2つの映画は、全然違いますが、あるメッセージだけは共通です。
つまり、自分が「事実」だと認識していることが、実は全然違うところからの意図によって全く別の「事実」の側面を持っているという点と、その新「事実」を知ったときの反応は両作品では後悔ではなくて、葛藤のエネルギーの解放であるということですね。
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ですので、スネイプのような「悪者」が本当に悪者かどうかという点はよく留意したほうがいいでしょうね。
またハリーが奇しくもスネイプ教授はもっとも勇敢な人物であったというのは、そういう「悪者」を演じきったというところであったでしょうし、スネイプ教授には非常に孤独なプロセスだったといえるでしょう。

Aani & Dani のアラブ菓子、1500円ぐらいのセット。